2014年11月29日土曜日

2014 冬期講習会を前にして、塾長は思う…

今年の冬期講習会について、書かせていただこうと思います。

Facebookの方でも書かせていただきましたが、「一人一人の生徒に向き合うこと」をテーマに行わせていただきたいと思っています。
これには理由がありまして、小学生たちも中学生たちも皆んないろんなものを抱えているように思うのです。もう本当、例えば10人の生徒がいれば、10人の保護者の事情と10人の生徒個人の事情があるように思うのです。どこまでできるのかは正直なところ不安はあるのですが、8人の大学生の講師たちと嫁と母もそうで出…向き合いたいと思っています。地域的な要因もやっぱりあるでしょうし、ご家庭とは違う環境の中でしか打ち明けられないものもあるように思うのです。


「小学生算数ゼミ」 塾生は塾使用テキストを、その他の生徒は講習テキストを使った指導を行わせていただきます。 1225日、26日、29日、15日〜7日まで全6日間 / 15301650または17101830


「中1・中2・高校生TACゼミ」 教科は基本的に英語と数学、ただし教科についてはご相談をお受けしたいと思います。講師1人に対して基本的に4人までの生徒の個別授業を行い、履修生徒の学力状況に合わせて教材と学習内容を決めさせていただきます。1222日、25日〜27日、29日、15日〜7日の中からクラスによって全7日間 / 19102200


「中1・中2テストゼミ」 英語・数学・国語の3教科のテスト問題を使った演習とその解説をワンセットとした講座です。成績上位者の偏差値70維持、あるいは70突破を目指した講座です。1222日、25日〜27日、29日、15日〜7日の全8日間 / 19102200


さて中3ゼミについての説明をさせていただく前に、少し補足をさせていただこうと思います。
埼玉県公立受験問題の特徴は、受験校のレベルによって合格平均点に差が出ることだと思います。例えばある教科の浦和高校合格者の平均点とそのすぐ下の大宮高校合格者の平均点には、若干ですが確実に差が出ているようです。これは最上位の公立高校だけではなく、例えば浦和市立と春日部高校だとか、浦和西と川口北でも同様の差が出ているはずです。北辰の資料では浦和高校の合格平均偏差値が71.1、大宮高校が70.1ですから、わずか偏差値1ポイントの差の高校であっても、入試得点で差が出る…それも5教科に渡ってしっかりと差が出る問題、これが入試問題なのだと思います。
この辺が公立受験問題と北辰テスト等模擬試験との一番の違いです。北辰テスト等の模擬試験では、時には偏差値65の生徒と70の生徒の得点がかなり近くなってしまうことがあると思います。だから模擬試験の偏差値は当てにならない。学力以上の偏差値が出てしまうこと、または逆に学力以下の偏差値が出ることが時として起こる。だから北辰テストの結果だけで受験校を判定することは、とても危険だと思います。これは北辰テストに限らず、UPテストや中学で最近行われている校長テストについても同様のことが言えるように思います。
入試問題と北辰テスト等の模擬試験を解いてみると分かるのです。入試問題が圧倒的に難しいというのではないのです。模擬試験問題にも難しい問題はあります。でも簡単な問題であったとしても、いろいろな知識を使って問題を解いているという実感が、入試問題には圧倒的にあるように思います。
ですから入試問題と北辰テスト等を一緒の問題と考えることはできないと思います。そして北辰テスト等の結果だけで入試での得点を想像することはできても、その通りにはならない可能性がかなりあることを認識しないとならないと思います。では受験校の判定はどうするかといえば、シローズでは以下のことを行って判定しています。

以下はシローズの冬期講習会以降の中3生指導の内容です。昨年もシローズ冬期講習会からの中3指導について、ブログで書かせていただきましたが、その内容をさらに詳しく書かせていただきます。

「冬期講習会」1. 公立入試問題演習講座
クラスを2クラスに分けたいと思います。「基礎充実クラス」と「上位校受験クラス」です。公立入試の過去問題を「基礎充実クラス」は5回、「上位校受験クラス」では8回行います。冬期講習会で公立入試問題を行う目的は、一つは中学学習範囲の総復習。
冬休みの時期に何を勉強するかというのは、受験を数ヶ月後に控えた中学生たちにとっては大きな問題だと思います。この時期に何を勉強するかによって、合否が決まるといっても過言じゃない。中学学習範囲が全て終わらず、一月後には私立高校受験がある。本当なら私立高校の過去問題を行いたいところであるが、やはり安行地区・神郷地区のように中学で全範囲が終わっていない状況では、私立問題の演習に入るのには危険が伴う。急に難しい問題を行うことで、精神的なパランスを壊す危険性が出てくる。私立問題の演習を前に、予習を含めた中学学習範囲の総点検を行うには、公立入試問題の演習が最適なのではないか。
この公立入試問題の制限時間通りの演習とその解説を上記のように繰り返し行う。「基礎充実クラス」では1日目の午前中に5科の入試問題演習、午後からは講師の指導の元で直し、そして翌日はたっぷり時間をかけて解説を行う。また「上位校受験クラス」では午前中に演習、午後から夕方まで解説を行います。
二つ目の理由が学力の確認です。県内の高校の場合、高校のレベルによって合格得点の幅があるように思います。例えば浦和高校で420点から450点、大宮と浦和一女で390点から420点…川口で200点から230点という具合です。公立高校の過去問題演習を行うことで、12月末から1月はじめの時期の合格の可能性を推測したいという意味合いです。おそらく北辰テスト等の模擬試験以上の合格判定が出来ると思います。
三つ目が県内公立問題の解き方を学ぶこと。受験生たちは北辰テスト等の模擬試験の点数の取り方をある程度身につけています。しかし冬期講習会で公立問題の演習を行うと、たいていの受験生たちはそれまでに受験した模擬試験問題との違いに驚くと思います。「全く違う…」という驚きの声が上がるほどです。

「冬期講習会」2. 私立入試問題演習講座
・冬期講習会最後の3日間ほど、私立受験校の過去問題演習を毎年行っています。今年は7日(水)〜9日(金)までの3日間になります。そして三学期の授業も引き続き私立過去問題演習を行います。私立高校の入試日がたいてい122日から24日ですから、約2週間弱の期間、受験する私立高校の過去問題を過去3年分、二巡から三巡演習を行ってもらいます。確かにほとんどの私立高校は確約が出ています。ですから不合格となることはほとんどないです。では何のために行うかというと、それは公立受験のための得点の底上げです。
冬期講習中に公立過去問題の演習を行い、公立問題に慣れながら中学学習範囲までの総復習を行う。そして一般的に難易度が高く、私立高校によって特徴のある入試問題を繰り返しとくことによって、私立入試での高得点が取れるばかりでなく公立問題の得点もワンランク上がるはずです。毎年、私立入試後に公立問題の演習を再開すると生徒たちが言います。「問題が簡単になった」と。


「中3ゼミ」

上位校受験クラス 1225日〜27日、29日、30日、13日、5日、6日の全8日間 / 800123013101850 

基礎充実クラス 1225日〜30日、13日〜6日の全10日間/ 800123014001730


私立過去問題演習 1月7日〜9日の全3日間 / 19102200

2014年11月9日日曜日

ある朝、塾長が考えたこと…



昔の話です。ふと…思い出したことがあって、そのことを書かせていただきます。

今年50歳になった僕が20代の終わり頃から30代の初めまで、5年か6年くらいの期間だったのですが、かなり必死にそろばんを教えていた時期がありました。
生徒を連れて毎年県の競技会にも行っていましたし、かなり暗算が強い生徒が何人かいました。
その頃、ベテランのそろばんの先生達からよく言われていたことがありました。
例えば5級の練習をしている生徒が、塾内の試験で各教科70点以上で合格なのに見取り算だけ1題間違えて60点になってしまった。当然不合格なのですが、こうしたときに先生達は悩むのです。合格させてしまえば、そろばんが嫌になりかけている生徒はうれしくて…またやる気を出して次の4級に取り組んでくれるかもしれない。それに保護者が喜ぶ姿も浮かんでくる。
ベテランの先生達は、そんなときも絶対に合格させてはならないと言うのです。合格させてしまえばそのときは喜んでもらったとしても、次の級かその次の級あたりで必ず止まってしまう。長い期間同じ級をやることになり、結局そろばんの級を諦めることになってしまう。母によると、亡くなった父もよく同じことを言っていたそうです。

実はこの話にはもう少し続きがあって、当時志木でもう40年そろばん塾を続けているある先生から聞いた話なのですが、そろばん塾がとても流行っていた頃、級を持っている方たちがいろんなところでそろばん塾を始めた時期があったそうです。
新たにそろばん塾の先生となった方たちの中には、わりとたやすく級を合格させる方が多くいたようです。たぶんどんどん級があがるものだから、その先生の言葉を借りれば、「はじめはいいのだけれど、やがて塾を続けられなくなる…」。
たぶん多くのそろばん塾ができて…、その中のほとんどのそろばん塾が消えていったということだと思います。

話は変わり、もうすぐ各中学校で期末テストが行われます。
そこで思うのが生徒である中学生たちと、その保護者の皆さんが必死になる状況です。まるでその結果で入れる高校が決まってしまうような様相には、気持ちは分かるのですが…ちょっとというか、かなり首を傾げたくなる自分がいます。
そもそもいまの県内公立入試は、ほぼ入試の得点で決まっています。ただ高校のレベルによって必要な内申点がある。それを上回った場合には若干入試得点が低くても合格するし、下回った場合には受験雑誌に載っている平均偏差値よりも高い入試得点が必要となる。
資格はどうかと言えば、たぶん内申点の補助的な意味合いでしかないというのが一般的な状況だと思います。
一般的な状況というのは、川口市内の某高校のように一つの資格さえ持っていれば合格となる高校もあるようです。この辺が多くの方に誤解を生んでいる原因なのではないでしょうか。ただおそらくこの高校は500点満点の公立入試でおそらく50点あれば合格できるはずですから、資格を取るよりも1教科10点ずつの点数を取る方が簡単なのではないか…との思いもしてきます。

ですから県内公立入試において、内申点のウェートというのはそれほど高くはないというのが実情なのではないでしょうか。高くはないというよりも、あくまで入試で何点取れるかという大前提があって、それをサイドからサポートしているのが内申点ではないか…との考えもできると思います。そしてもしも県内の公立入試の合否だけを考えるならば、定期テストの勉強の比重を減らして偏差値を上げる勉強を重視した方が得策なのではないか…との考えを持つのは、たぶん私だけではないと思います。
でもなぜか中学生たちも、そしてその保護者の皆さんたちも、成績という指標をなぜか中学の定期テストの方ばかりに向けがちである。そしてそうした状況を助長するかのように、そしてニーズという経済原則を死守するかのように、いま多くの塾では定期テストの順位を上げる指導が主流になってきている。たぶん多くの塾によって研究がなされ、その結果がシステム化されているのではないかと思えるほどです。
「中間テストの英語で92点取った生徒の北辰偏差値が45だった…」とは、元大手塾の講師で現シローズ講師の声でした。

この状況は、前述のそろばん塾が合格点に満たない生徒を進級させる状況に似ているように私には思います。言葉は悪いですが、明らかに大切な生徒たちに下駄を履かせている。本来定期テストの順位と偏差値はともに上昇しともに下降するものなのに、塾の指導が高校受験にも高校入学後にも役立たない指標を生徒たちに取らせることに終始させてしまっている。この状況は、前述の「はじめはいいのだけれど、やがて続けられなくなる…」ものだと思うのです。
学習塾が続けられなくなり塾を閉めるということは、その代表者とスタッフにしか被害を及ぼさない問題だと思います。でも続けられない…ということは、結局は社会に役立っていないということにつながるのではないでしょうか。塾を続けている自分にプライドなんて少しもありませんが、やはり「先生」と呼ばれる仕事ですから、責任を果たすということを決して忘れてはならないと思います。

そして下駄を履かせてもらえない状況で、日々勉強を続けているシローズの生徒たちは他の塾に通う生徒たちよりも随分と苦労をしているように思います。なぜなら定期テストで高得点を取るためには、彼らは偏差値という…本物の学力に近い力を持つ必要があるからです。
でもその苦労が高校入学後に役立つ本物の力となり、社会に出たときに花開くことを祈るというのは、「先生」と呼ばれる仕事をするものたちにとって、極めて必要な資質のように私には思います。

2014年11月1日土曜日

私立高校の特待制度を思う



私立高校の特待について、書かせていだだこうと思います。
皆さんがご存知だとも思うのですが、一応書かせていただきますと、特待とは私立高校の受験で、成績優秀者に入学金や授業料を減額または無料にする制度です。ほとんどの私立高校で、この特待と呼ばれる制度はあると思います。ただそれを表に出している高校とそうでない高校がある。
表に出している高校というのは、特待制度をその高校の宣伝に使っている高校だと思います。確かにこの方法はかなり有効なようで、かつてはあれ程レベルの低かった県内の某私立女子高校は、男女共学と同時にこの方法で上の下の地位を完全に手に入れたと思うし、ちょっとデラックスな新校舎を建てたもの定員割れが続いていた県境にわりと近い都内の某私立女子高校も確かにレベルを上げ、中の上ほどの地位を手に入れている。
そうかと思うと、特待制度を表に出していない高校であっても受験をしてみると、特待制度があったりもする。実はそうなのです。特待制度はどこの私立高校でもあると考えていいと思います。

なぜ私立高校に特待制度かあるかと言えば、それは生徒確保のための手段だと思います。それも出来るだけ学力の高い生徒を確保するため。なぜ学力の高い生徒を確保する必要があるかと言えば、大学受験での実績を出すため。なぜ大学受験の実績を出す必要があるかと言えば、それによって生徒が確保できると、高校側が考えているからだと思います。
つまり私立高校の特待制度は、私立高校の生徒確保のための手段だと考えるべきだと思います。

ここで私は思うわけです。私立高校の真の姿を、中学生を我が子に持つ保護者の皆さんがどこまで気づいているのかと…。
かなり前にこんなことがありました。私の娘が中学3年生になったとき、家内を塾向けの私立高校主催の説明会に随分と連れて行きました。家内は高校の説明会に行く度に、帰りの電車やクルマの中で、今日行った高校の素晴らしさを口にしていました。その度に私は心の中で思うわけです。「違うんじゃないかな…」と。

いまどこの高校の説明会でも、舞台の上でその高校の素晴らしさをアピールする教員は、その高校でいちばん人受けの良い、いちばん話のうまい教員が務めていると思います。公立高校しかり、つねに経営を考えならなければならない上に、理事長という絶対的な権限を持つトップがいる私立高校ではなおのことだと思います。理事長というトップが高校教育を第一に考えているうちはいいのかもしれませんが、どうでしょうか? なかなかそういう私立高校は少ないように思いますし、それは教職員たちの勤勉さに乱れを生じさせます。その上公立高校の校長は、評価により当然責任を問われることもありますが、私立の理事長は法律に触れるようことをしない限り、責任を問われることはないはずです。そうすると、入学する前に想像していた高校イメージと、入学してから気づいた実際の高校のイメージがかけ離れていることがあるのは当然…くらいに思うべきかもしれないという考えが浮かんできます。

そこまで考えた上で特待制度を思うとき、私はいまの私立高校特待制度に不安を感じます。そしてもしかしたら特待制度は、現代の「新聞奨学生」なのではないか?との思いにつながるわけです。
いまはどうか分からないのですが、むかし大学の周りには学生たちを住まわせる新聞配達所がありました。彼らは朝夕の食事と住居と授業料を提供され、大学生活を続けるわけです。朝はまだ暗いうちから起き、バイクや自転車で新聞を配達し、大学で授業を受け、部活やサークルの活動など一切せずに、授業が終われば今度は夕刊配りが待っている。そして彼らは夕食後も仕事をしていたように思います。つまり彼らは食事と住居と授業料を提供される変わりに、一般的な大学生たちが味わうはずの自由な時間を失わなければならなかった…と思います。
現代の奨学制度もこれに似ていると、私には思えます。確かに入学金や年2回から3回に分納すべき授業料は免除となりますから、ご家庭の負担は限りなく0に近くなります。しかしその分、負担はさまざまな形で、高校に通いはじめてからの子どもたちの生活に押し掛かることになるのではないでしょうか。一般的な高校生たちが体験する教職員や先輩から受けるであろう助言も、友人同士の会話や思い出etc.…それらすべてが犠牲になる代償として、入学金や授業料が免除されるということを保護者も受験生も覚悟する必要があると思うのです。
特待でなくても、大学受験を目指せば、日々学習に追い立てられることになるとお考えの方もいると思います。でもそれは自分が決めたペースで、自分のためにする勉強です。ところが特待になると、自分のための勉強ではなくて、その私立高校のための大学受験になってしまうような気がします。
自分の学力レベルの高校ではない、それよりも低い高校を受験して、入学しなければ特待は絶対に出ない。ということは、自分に合う環境とは違う…はるかに成績で下の環境を選ぶ見返りとして、授業料等の援助が出されているということを忘れてはならないと思います。最近気になるのは、こうした私立高校の特待制度を利用しようとする安行地区・新郷地区の保護者たちが目立って増えてきていること。一部にはそれをブランドのように解釈している方まで出てきているのではないでしょうか。

私は思うのです。特待を決して安易に考えるべきではないと…。
100人の受験生がいれば、100人の受験生の事情があり、100軒の家庭の事情がきっとあると思います。だから決して特待制度を使って、高校に入学する生徒を批判したいわけではないです。でも特待を安易に考えるには、あまりにも代償の大きな選択のように私には思います。

補足ですが、埼玉県では県内の私立高校にお子さんを通わせているご家庭に補助金が支払われています。上限はありますが、家庭収入によって年間20数万から30数万の補助金が出されている模様です。

2014年10月19日日曜日

処理能力を身につけるということ

中学生たちの高校受験に立ち会う仕事を始めて早20年、どうすれば中学生たちの成績が上がるのかを、いつも考えている僕は思うのです。高校受験のための勉強を始める前に、やっぱり処理能力を上げる必要があると…。
もしも高校受験を目指す勉強を始めるときまでに処理能力が上がっていないとすると、勉強しても勉強しても学力が上がらない。あるいは、受験のために何を勉強すれば良いのか分からなくなる可能性がある。

最近、僕は感じるのです。受験生たちの成績を上げる難しさを…。以前ならば、あと偏差値で3ポイントから5ポイントくらい上げることが出来たのではないか。でもそれが、年々難しく感じられるようになってきた。これも処理能力に関係しているように僕には思う。
ここで言う処理能力というのは、たぶんこんな能力だと思います。
3つから5つのことを同時に頭の中で考えてそれぞれの答えを出す。その複数の答えから1つの答えを導きだす。これが出来るようになると、成績はたぶん勉強時間に比例して上がっていくのだと思います。でも処理能力が身についていないと、成績は上がりづらいものになってしまうのではないだろうか。あまり好きな言葉ではないのですが、「頭がいい」というのは、もしかするとこの能力のことではないのか。僕は、最近そう思っています。

高校受験は知能指数の勝負ではなく、努力の量の勝負である部分が多い。そして安行地区・新郷地区の場合、人間力を問われる部分が多くある。しかし高校受験を目指したときにいくら努力をしたとしても、産まれ…物心がついた頃から家庭で適切な教育がなされ、順調に成長してきた子どもたちであったとしても、処理能力が身についてないとすると高校受験の場で戦うことが出来ないのではないか。最近、そんなことを僕は考えています。
この、3つから5つのことを同時に頭の中で考えてそれぞれの答えを出す。その複数の答えから1つの答えを導きだすというのは、本来小学生のうちに学ぶべきものなのだと思います。
学ぶべき…というよりも、小学校の授業は本来、それを目標として行われているのではないか?との思いがあります。
実際に県内でも小学校の授業レベルが保たれている地域では、多数の子どもたちがこの能力を身に付けているようです。ただ残念なことに安行地区や新郷地区では、身につけるということが稀になってきてしまっている。悲しくて、苦しくなってしまうけれど、それが現実…。

宣伝のつもりはないのですが、いまシローズでは何人かの小学生の皆さんに、この「3つから5つのことを同時に頭の中で考えてそれぞれの答えを出す。その答えから1つの答えを導きだす」ための指導を行っています。
育伸社という会社の「錬成テキスト」というテキストを使った算数の授業です。
ただこの授業、シローズでは一風変わった進め方をしています。
教えないんです。かなり難しいテキスト(中学受験の内容まで…ということは、中学学習内容も一部含んでいます)ですから、生徒たちは頭の中で???…ばかりになるようです。
でも僕は教えないんです。さらに考えてもらって、今度はヒントを伝えます。また考えてもらって次のヒントを伝える…あえて、そんな授業形態にしています。

保護者の中には、苦情を寄せてくる方もいます。「分からないのに、説明してくれない/質問したいときに先生はいない/分からないのに何で教えてくれないんですか etc.…」
でもこのテキストを使って、生徒が一生懸命考えて進めると、「3つから5つのことを同時に頭の中で考えてそれぞれの答えを出す。その複数の答えから1つの答えを導きだす」という能力が次第に身についてくるようです。この子たちには1人で問題を考える過程で不思議と逞しさのようなものも身についてきますから、処理能力という学力面だけでない人間力も同時に身についていくようです。それにこうした3つから5つのことを同時に頭の中で考えてそれぞれの答えを出す。その複数の答えから1つの答えを導きだす能力(処理能力…?)って、将来の仕事にも役立つのではないかと思えるのですがいかがでしょうか。

2014年7月8日火曜日

2014年 今年の夏期講習会で目指すこと


 2014年も、もう半分が過ぎました。
 そして中学校では、期末テストが終わりました。
 そんなわけで、シローズでも夏期講習会を準備する時期になりました。


 今年の夏期講習会も例年同様、小学生クラスでは「問題の処理能力を上げる」、中学生クラスでは「入試で高得点を取る」ことを目標とした指導内容となっています。結局何をしたいのかと言えば、小学生クラスも中学生クラスも高校入試に対応できる「思考力」の養成です。高校入試に必要なのは、「知識」だと、多くの保護者の方はお考えになるかもしれません。確かにその部分はあると思うのですが、「知識」を使うためには、どうしても「思考力」や「処理能力」が必要だと思います。

 この思いは、私の中で最近とくに強いものになっています。たぶん小中学校の授業が、クラス運営という大きく強い方向に向かっている中で、「思考力(処理能力)」とは違う方向に進んでしまっているということが原因だと思います。当然、塾の先生たちもこの状況に気づいていると思います。何とかして、生徒の「思考力(処理能力)」を上げないと成績の上昇はない。それは分かっても、それが出来ない環境になってしまっている。あるいはそれを恐れている。
 なぜそうなってしまうかといえば、「思考力(処理能力)」を求めすぎると、塾に通っている生徒たちは、いままで自分が行ってきた学習習慣との間にギャップを感じることになってしまう。ギャップは生徒たちを悩ませる原因になり、その悩みは塾の定着率の悪化につながります。だからいくつもの塾は、この「思考力(処理能力)」を求める方向に消極的になってしまっているのではないでしょうか。安行地区・新郷地区ではなおのこと、小学校や中学校も前述のクラス運営を求めざるを得ない環境のためから、本気で学力の上昇を考えることが出来なくなっている。その結果、保護者にとって最後の頼みの綱である塾も、生徒たちの定着率を心配するために「思考力(処理能力)」を上げる指導が出来なくなってきているのではないでしょうか。

 「思考力」や「処理能力」をパソコンを使って説明させていただくと、より分かりやすいかもしれません。
 パソコンには演算速度やメモリーの容量というものがあると思います。一般的なパソコンでは情報を保存していくと、やがて重くなってしまい、動きが悪くなってしまったりフリーズしてしまう(固まる)という状況が起きてしまうと思います。いま一般的な安行地区・新郷地区の小学生や中学生たちは、高校受験のための勉強をしていく過程で、こうした状態になってしまう可能性が高くなってしまっているのではないだろうかと思えるのです。どんなに知識の量を増やそうとしても、肝心なポイント(この問題が解ければこの範囲の入試問題が解ける)を理解する時点で、フリーズしてしまう(固まる)生徒たちの割合が多くなっているのではないでしょうか。
 この部分の解決がなければ、いくら勉強をしても成績は上がらないでしょうし、もしかしたら高校受験も大学受験も内申点や偏差値では計れない「思考力」の力が問われてきているようにも思います。大学受験において偏差値50の高校の生徒が、偏差値60の高校の生徒に太刀打ちできないケースがほとんどないのも、もしかしたら知識の量の差ではなく、むしろ「思考力」の違いとも考えられるようにも思えます。

 これを書いている今日、私は日中に大宮にいました。さいたま市にある私立高校が越谷のレイクタウンに移転し、校名を変更するという。同時に姉妹校である女子校の方も校名が変わる。その説明会に出席してきました。説明を聞いて感じたのが、ものすごくシステムナイズされているということです。新校舎の間取りから、授業のカリキュラムまで、おそらくかなり有能な先生方が、時間と労力を使って考えているという印象を持ちました。合格目標の大学とその合格者の人数まで達成の目標が決められているあり様です。

 ただ疑問に思ったのが、前述のカリキュラムと合格目標の大学とその合格者の人数でした。はたして偏差値45〜55くらいまでの生徒たちが、予定しているカリキュラムを消化することが出来るのか? またその結果として、目標とする人数を大学に合格させることができるのか? との疑問です。良い授業を行い、半強制的に補習を行ったとしても、どうやって「思考力」や「処理能力」を持たせることが出来るのかとの思いにかられました。

 それだけ「思考力」や「処理能力」はやはり重要だと思います。それも中学校在学中までに身につける必要があると思います。できれば小学生のうちに身につけるべきものなのかもしれません。とくに安行地区・新郷地区の小学生と中学生たちは、この「思考力」や「処理能力」の部分で深刻です。その深刻さは、たぶん保護者の皆さんが考えている以上です。夏期講習会を前に、いま私の頭はその「思考力」や「処理能力」をどうやって上げるのかということで占められている状況です。

 当然、夏期講習会を受講される生徒の皆さんには、ときには厳しいことを言わせていただくこともあると思います。また中学生クラスでは、求める家庭学習(塾の教室で勉強していただいても結構です)も生徒のレベルに合わせながらも、少ない量ではないと思います。それを塾長である私と講師たちと私の家族が作る「妙に暖かい雰囲気」の中で指導をさせていただきたいと思います。
 講習の具体的な内容を書かせていただきますと、以下のようになります。詳細については、メールか電話でお問い合わせください。


「小学生算数ゼミ」
・7月23日〜25日、29日〜8月1日の計7日間、16:20〜17:20または17:30〜18:30
・塾生は塾使用の通年テキストを、塾外生は講習テキストを使用します。分からない問題
    は、ヒントを伝えながらじっくり考えてもらいたいと思います。


「中1、中2復習ゼミ(英語・数学)」
 ・7月29日〜9月1日の計14日間、中1生19:10〜21:35 / 中2生 19:10〜22:00   
    ・基本的に生徒3人までの、学力に合わせた講習テキストを使っての個別授業です。


「中1、中2テストゼミ(英語・数学・国語)」
 ・7月29日〜9月2日の計14日間、中1生19:10〜21:35 / 中2生 19:10〜22:00
    ・3教科のテストと学年別の解説を繰り返し行う講座。解説が終わりしだい英語・数学
        の講習テキストの演習を行う。


「中3ゼミ」
 ・7月29日〜9月2日の19:10〜22:00計23日間 / 15:10〜18:00計8日間
 ・上の復習ゼミとテストゼミを組み合わせた講座。講習テキストを使用した中3の1学
        期学習範囲までの復習と成績優秀者には通常テキストを使った先取り学習を行う。


「中3復習ゼミ」
 ・7月29日〜9月5日の期間、履修生が2人以上であれば、受講日と授業時間を相談させ
        ていただきます。

2014年3月30日日曜日

1クラス5人の犠牲者たち



 今年の春期講習がはじまり、今日はお休みの1日です。あとは土曜日まで、一気に進んで行きます。
 夕方のちょっとレベルの高い新中学1年生の講習からはじまり、次は小学生の皆さんの算数ゼミ、それが終わると夜は中学生たちの講習となります。
 前半が終わり、いま塾長である私の気持ちの中に大きく占めているのが、年齢よりも幼い小学生や中学生たちのことです。彼らは最近、急に増えてきているように思います。塾をはじめた20年前にはまったくいなかったタイプの彼らが、急に増えはじめたのは、たぶん5.6年前からだと思います。彼らの特徴としては、まず何事にもやる気がないこと。そして社会性がないために、友だちとの関わりが少ないこと。友だちはいるかもしれませんが、多数の知り合いがいるというタイプではないと思います。たとえば休日に友だちと遊ぶというよりは、家庭の中で過ごすことの方が多いのではないでしょうか。そしてストレスのはけ口が兄弟であるとか、母親に向いていることが多いように思います。あと朝起きられない…。そんなことも含まれるかもしれません。そして彼らに共通しているのが、学力が極端に低いこと。

 中学入学後に学力の低さに気づいて、それに心配した保護者たちは塾に通わせようとします。塾に通わせることで、成績の上昇があるのではないか。当然、そうした期待があるのだと思います。でもそうした生徒が塾に通ったとして、成績が上がるかといえば、これは条件付きのYesだと思います。どんな条件が必要かと言えば、それは彼らが何らかの突然の化学反応を起こして、人間的に彼らが急に成長することだと思います。学力的な成長よりも、まずは人間的な成長が必要だと思います。そしてそのことを一番知っているのが、彼らを受け入れる側の塾だと思います。それを知りながらも、塾側はどうするか? たぶんそんなときに、塾の姿勢のようなものが出てくるのだと思います。
 シローズならば、まずはその生徒に向き合うことからはじめると思います。その生徒にとって、塾の講師たちが信用できる人間であることを伝える努力をします。次には少しずつ、その生徒に頑張ることの大切さを伝えようとします。そうした日々の繰り返しの中で、その生徒の化学反応のチャンスを探すと思います。
 ただこれが、本当にむずかしいです。彼らとのちょっとした気持ちのズレによって、全てを台無しにしてしまうことだって起こりえます。放っておけばトラブルは起こらないし、誰も傷つくことはないと思いますが、それではだぶん成績の上昇はないと思います。

 どうしてそうした中学生たちが増えてきているのか? そして小学生たちには、その予備軍たちが後を立たない状況を前に私は考えます。
 前に「就学児たちの不思議な世界」というブログを書かせていただいたことがあります。小学校入学を前にした子どもたちが、英語をはじめとする学習の習い事を始めているという状況を書いたものです。その状況を考えると、保護者たちの教育熱は高まっているはずです。それなのに、前述のような子どもたちがなぜ増えているのか? 私は大きな疑問を感じます。もしかしたら、それ以前の教育を受けていない子どもたちが増えているのではないか。

 いまおそらく安行地区・新郷地区の中学校の1クラスで、5人前後の子どもたちがこうした状況なのだと思います。そして私には、彼らが何か大きな世の中のうねりの中での犠牲者のように思えてきます。

2014年2月1日土曜日

小学校の算数授業が危ない


 「算数嫌い」という言葉があります。生理的に算数や中学入学後にはじまる数学が好きになれない。その結果、算数や数学が苦手になってしまうという意味だと思います。数学嫌いという言葉はありませんから、たぶん小学生の頃から嫌いになっているということだと思います。なぜ「算数嫌い」が起こるのかと言えば、これは私の推測ですが、たぶん「間違える」とか「分からない」という感情に対しての恐怖感が生み出すものなのではないでしょうか。

 算数や数学で分からない問題をまえにしたとき、何よりも平常心を保つことができるかが重要だと思います。平常心を保てなければ、どんなに学力がある人であっても解けないという現象は起こりえるものだと思います。小学生や中学生たちに算数と数学を教えている私であっても、入試問題などで質問を受けたときに、後で考えればなんでもないような問題で戸惑ってしまうことってやっぱりあるわけです。そんなときというのはたとえば授業終了時間間際のときであるとか、何かプレッシャーを感じて異常に力んでいるようなときというのが危ないです。これはあくまでも私の想像なのですが、「算数嫌い」の子どもたちは、私と同様のことが日常的に起こっているだけなのではないでしょうか。
 たとえば、こんなことってないでしょうか。クルマですれ違うことが難しいような細い道を走っているときに、前からクルマが来たとします。そんなときにどうしたら良いか分からなくなってクルマを止めて、まるで固まったようにハンドルを握ったまま相手がクルマを動かすのをただ苛立った表情で見つめる。そんなときの精神状態に「算数嫌い」は似ているかもしれません。

 安行地区・新郷地区の場合、「算数嫌い」はたぶん全小学生の1割にも満たないのではないかと思います。たとえ自分が「算数嫌い」だと思っている人がいたとしても、実際には算数が苦手なだけであって、順番に学習をしていけば算数を克服できるという人の方が多いのではないか…。私にはそんな思いがあります。そして冒頭で書かせていただいた「算数嫌い」と算数が苦手というのは、全く違うものであると思います。「算数嫌い」は能力ではなく、あくまでも性格が算数・数学に合わない状況なのだと思います。どんな勉強をしようにも、算数や数学が頭に入らない。頭というか体自体が算数と数学を受け付けなくなってしまっている…、そうした状態が「算数嫌い」という状況なのではないかと思います。

 そうした「算数嫌い」とは異なり、いま小学校での算数の学習が不充分なために、中学入学後に数学の授業がついてこれなくなっている人たちがとても多くなっているようです。少し前まで多かった計算問題はできるけど、文章問題はできないという中学生たちとは違う、明らかに計算問題が解けない生徒が増えてきています。
 例えば —6+5 の計算がすぐ答えを出せない。あるいは小学生でやったはずの分数の足し算と引き算を忘れている。または約分ができない。中学1年生の2学期の時点で、そうした中学生の割合は、安行地区・新郷地区では3割を超えているように思います。もしも前述の正負の数と分数の単元で示した3例のうち、いずれかができない生徒を探すとすれば5割を超えているかもしれない。そんな悪夢とも思えるような状況がいま安行地区・新郷地区の中学校で起きています。

 たぶんこれも、生徒を叱らないで褒めて育てるという「ゆとりの教育」の置き土産なのだと思います。いくら小学校が算数の時間にサポートの先生をつけたとしても、習熟度別授業を設けたとしても、大多数の小学生の皆さんの学力はたぶん上がらないと思います。それは安行地区・新郷地区の小学校の算数授業は考えて解くという作業が少なすぎる状況にあるからだと思います。生徒たちが問題を1人で考えた上で解くというよりは、生徒のみんなが考える前に先生が説明してしまうことで授業が成立している。別の言い方をすれば、考える前に先生が説明をしなければ授業が成立しない状況にいまの小学生たちのレベルがある。
 前述の習熟度別授業について、近隣のある小学校では習熟度別に3クラスに分け、一番上のクラスでは先生がすべての内容を説明する前に、生徒の皆さんに考えさせながら、ときにはヒントを伝え、また考えさせながら問題を解かせるという指導をしています。できた生徒は1人で先生のところへ行き採点と解説を受ける。これがたぶん、算数授業の理想的な姿なのではないかと思います。でもその割合が1学年の人数の中で少なすぎる。一番上のクラスの授業の進め方をその下のクラスでも行えば良いはずだけれど、それをしてしまったら、「学校の勉強が分からない」という苦情が保護者から寄せられるに決まっているし、たぶん公立の小学校という基本理念から離れてしまうことになってしまうのではないだろうか。だから小学校はどの生徒からも不満が出ないように…その結果として、ほぼ全員がわかったと錯覚?できる授業をする必要に迫られることになってしまっているのではないだろうか。

 算数や数学という科目と他の教科との違いは、小学校入学以降に学習した単元の知識が、次に学習する単元でも利用されるというところだと思います。このために前の単元の理解が不充分だと、新たに学習する学習範囲の理解が不足がちになる。もちろん他の教科でもそうした傾向はありますが、圧倒的に算数や数学という教科にその傾向が強いように思います。それに英語や国語そして理科や社会という教科が比較的短期間に復習できるのに対して、算数や数学は復習するのに、あるいは学力を上げるのに時間が掛かります。たぶんほとんどの小学生たち(とくに男子はこの傾向が高い?)が得意な科目に選ぶであろう算数が、実は得意な生徒が少ない教科でもあるわけです。
 たいていの場合、小学生時代に算数の勉強が不充分であったことに気づくのは中学校入学後だと思います。シローズに来てくれている中学1年生の中にもいますね。こうした場合、復習をしながら中学校の学習の内容を学習する必要がありますが、やっぱり不可能となってしまうことが多いですね。それどころか、なかなか中1学習範囲が終わらないという状況になってしまっているのが現状です。たぶん小学校の担任の先生の「大丈夫ですよ」という言葉には、気をつけるべきだと思います。それに算数が得意だというお子さんの言葉にも疑いを持つべきかもしれません。あと中学生のお子さんには、定期試験の学年順位で安心をされない方が無難なのかもしれません。